明治150年と日本語

 

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今日のお題は:「明治150年と日本語」です

 

明治150年になるんですね。わたしが小学生の頃、盛んに「明治100年」と言っていました。(わたしの年齢を考えると、もう明治150年になっていて少しもおかしいところはないんですけど。)

 

東京新聞(2018.11.17)「考える広場」のコーナーで取り上げられていた内容です。近代化の歩みを進める中で、政治体制やら軍備やらだけでなく、ことばも近代化=誰にでも通じる共通語の選定が求められていたようです。この共通語に関して3人がそれぞれ別々の切り口から論じています。

 

最初は作家で大学教授の小野正嗣さん。大分から東京の大学に出てきて、共通語で勉強していました。故郷に帰って「どんな勉強をしているんだ」と聞かれても、方言ではなかなかうまく説明できない、知の言語は共通語と結びついていると思ったそうです。一方、田舎で方言を使ってしゃべっていると関わってくる人がたくさんいる、生きている人も死者も一緒に出てくる。文化的に豊かな証拠ではないかと考えたそうです。優れた文学とは国語を用いながら異質の言語で書くこと、というプルーストの定義を引き合いに出し、今の日本に置き換えて、外国からの異質な言葉が入ることによって、新しい言葉・文学が生まれるかもしれない、日本語にとってチャンスかもしれない、と判断しています。

 

NHK放送文化研究所の塩田雄大さんは、書きことばとしての標準語は大正初期に完成していたとしたうえで、ラジオの放送開始と同時に話し言葉での様々な問題をタイムラインで整理しています。スタンダードができて、共通語が方言を壊したとする人がいるが、共通をを採用するかどうかは個人の選択の問題だと言っています。またNHKアナウンサーのしゃべる言葉が共通と認識する人が増えているが、地域や世代を超えて通じればそれが共通語だとして、どんなことばがふさわしいかどうかは文脈や場面によって違い、何を選ぶかは選択の問題だと言っています。

 

社会言語学者の安田敏朗さんは、共通語の政治的な側面にも注意を払う必要があると述べています。共通語を国家が「国語に国民精神が宿る」として後押しした面もあるが、標準語を習得すれば立身出世につながると判断して取り入れた面もある、標準語は力のある側が使うことばであって、そういう政治性にも注目する必要があるようです。文科省は人心の荒廃を治癒するものと位置付けているが社会の分断を回復させる力が国語にあるかどうか。日本に移民が増えることによって日本語の位置づけが変わるかもしれない、日本はこれまでも多言語社会であったし、これからもそうである、という意識が大切だそうです。

 

お三方はともに共通語と方言の優劣を論じてはいません。3つの意見に通じることは共通語の位置づけや意味を考えていく必要がある、ということでしょう。

 

明治150年とは言わないまでも、第二次大戦後70年が過ぎているわけです。これだけの期間の間にどのくらい言葉が変化し、その原因は何か、そしてこれからどうなっていくのかを考えていくことが大切でしょう。ことばは自分の考えを伝え、相手の考えを理解するだけでなく、自分が考える一番基本的なツールであるわけです。基本的なツールですから、使うときにはそれなりの意識・考え方が必用でしょうね。

 

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